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徳永 椋太

Ryota Tokunaga
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【自己評価】パーソナルチャート

プロフィール

ニックネーム とく
生年月日 1997/8/15
出身地 埼玉県
身長 / 体重 170cm / 71kg
血液型 B型
利き足
プレーの特徴 攻撃参加、両足のキック
目標とする選手 キミッヒ
好きな食べ物 ハヤシライス
好きなアーティスト CHEMISTRY
好きな色
好きな女性のタイプ サバサバしてて、時にデレデレ
休日の過ごし方 友達と過ごす、筋トレ

所属・経歴

鳩ヶ谷キッカーズ
→八幡中学校
→浦和南高等学校
→北陸大学

サポーターへのコメント

福山の皆様、よろしくお願いします!

プレーヤーズストーリー

幼少期

父の仕事の転勤でカナダ・トロントにいた時に産まれた。ミドルネームはエドワード。今思えば、めちゃくちゃカッコいいやんって思う。
2歳で帰国し、千葉県に住んでいたが幼稚園に入る前の年に埼玉県に引っ越した。幼稚園年長の時、今でも仲が良い幼馴染の影響でサッカーを始めた。あのとき、初めてサッカーをしてめちゃくちゃ楽しかったのを今でも覚えている。

少年期

小学校2年の時、また父の転勤でオランダに引っ越すことになった。その時は、日本を離れる怖さや小学校でできた友達と離れることがとても嫌で、めちゃくちゃ泣いた。オランダでもサッカーは続け、日本人チームに所属していた。練習や試合が週末にしかないため、平日にサッカーがしたいと地元のチームにも練習へ行っていた。そこでは周りはみんなオランダ人、日本人の友達は1人しかいなかった。その子もインターナショナルスクールに通っていたため、英語がペラペラ。自分は日本人学校で英語も喋れない。そんな環境でサッカーをしていた。コーチも何を言っているのか分からない。とりあえずプレーで見せていくしかなかった。今思えば、とても貴重な経験だったと思う。
小学校4年の時に日本に戻り、幼馴染が所属していた地元の少年団のチームに入る。そこでまず思い知らされたのが、リフティングができないこと。オランダでリフティングは一度も練習したことがなく、完全に置いてかれていた。チームメイトの退団もあり、10番を背負うことになる。左ウイングの10番、まさにネイマールだった。チームはそこそこ強かったと思う。そのチームの10番をつけていることに誇りを持っていた。
中学時代は、地元の中学校の部活でサッカーをしていた。この頃には、できなかったリフティングも練習のおかげでできるようになり、1年生で試合に出れることもあった。この年が人生で1番天狗になっていた時かもしれない。トレセンにも選ばれたり、3年の時にはキャプテンも務め、チームも県大会で勝ち続けた。しかし、クラブチームとは違って、普段の学校生活もともにするチームメイトとの人間関係が難しい時期もあった。サッカー以外でもたくさんのことを学んだ3年間だった。

青年期

高校は、勉強もできてサッカーも強いところがいいと思い、浦和南高校に進学した。この3年間が人生の転機だったかもしれない。入学当初はFWだったのだが、2年になってSBへコンバートされた。慣れないポジション、なんで変わったのか疑問にも思ったけど、与えられたポジションで試合に出ようと思っていた。しかし、3年間で出た公式戦はほんの数試合。ほとんどベンチで試合に出れないことが多かった。最後の選手権予選で負けた時もベンチで見つめており、涙は出なかった。当時を振り返ると、試合に出るために全力を尽くしていたかと聞かれると、できていなかったと思う。自分ではやってるつもりでも足りていなかった気がする。それでも、サッカーが好きだから大学でもサッカーをすることしか考えてなかった。
大学は、1つ上の先輩の影響を受け、石川県の北陸大学に入った。初めて親元を離れ、全力でサッカーに打ち込んだ。試合に出るために何をすべきか、日々の練習や試合でダメだった所、課題を克服していくのがめちゃくちゃ楽しかった。自分に伸びしろしか感じてなくて、もっと上手くなれる楽しみでワクワクしてた。高橋大樹(福山シティFC16番)とずーっと自主練して、筋トレして、今までで1番サッカーを楽しんでいた。その成果もあって、大学では先輩の代から試合に出続けることができた。試合に出た人にしか感じれないことがあることを知り、試合に出続ける思いや様々な試合経験ができ、サッカー人生において1番成長できた4年間だったと思う。卒業してもサッカーをするとしか決めてなかったので、就活もせず、チームを探していた。そんな時に大学の同期でもある小谷野監督から声をかけて頂き、福山シティFCに加入することを決めた。

現在

チームに合流し、雰囲気の良さだったりサッカーに対する姿勢が高く、とても良い環境だと感じた。同期が多く、そいつらが努力してるのを見ると負けてられないって思うし、平均年齢が若い中でも戦ってるベテランの人たちを見ると、やることやってないとだめなんだって良い刺激をもらえる。みんながそれぞれの想いがあってここに来ていて、それぞれの夢や目標を叶えるために必死にやってるのを見てると、自分もやらないと置いていかれると思った。そう思える集団はなかなかないと思う。選手、スタッフ、ファン・サポーター、福山シティFCに関わる全ての人たちが、このチームの未来と福山を盛り上げるために行動している。そう感じて、このチームの未来を想像すると、福山シティFCがJリーグ昇格で福山市全体が盛り上がっているのが見えて、ワクワクする。そんなチームに出会えてとても嬉しいし、これからもチームのため、福山のために戦っていきたいと感じた。