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深田 竜大

Ryuto Fukada
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【自己評価】パーソナルチャート

プロフィール

ニックネーム リュウト
生年月日 1998/10/8
出身地 大阪府
身長 / 体重 169cm / 62kg
血液型 AB型
利き足
プレーの特徴 ドリブル
目標とする選手 アザール
好きな食べ物 ピザ
好きなアーティスト 三代目J soul brothers
好きな色
好きな女性のタイプ 可愛い人
休日の過ごし方 映画鑑賞

所属・経歴

アバンティン関西FC
→千里丘FC
→関西大学北陽高校
→北陸大学

サポーターへのコメント

応援よろしくお願いします。

プレーヤーズストーリー

幼少期

大阪府の大都会な場所で生まれる。
幼稚園のころ(5歳)から、その頃社会人サッカーでプレーしていた父親の影響でボールを蹴り始めた。
6歳になると当時住んでいた場所から少し離れた所を拠点にするチームに入団する事になり、そこから自分のサッカー人生が本格的に始まった。

少年期

小学校時代に経験したことは色々あるが今でも忘れない。自分の2つ上には同じチームでサッカーをしている兄がいて、よく父と兄と自分で家の近くの公園でサッカーをした。でもその時、体の小さかった自分は兄と1対1や他に何をしても負け続けズタボロにされて、悔しくて泣きながら家に帰るのが日常だった。そこから兄に勝つために練習を続け、チームとしてはそこまでいい成績は残せなかったが大阪のトレセンに選んでもらい、チームでは10番をもらってサッカーを続けた。
そして小学6年生になり次の年代のチームを選ぶ時、兄が所属していた大阪のJクラブの下部組織のセレクションを2チームほど受ける事になった。その時にサッカー人生初めての挫折を味わう事になる。最初はいけるだろうと思っていた自分だったが最終選考ですべて不合格。
それから声をかけてもらった地元の町クラブに行く事になった。
Jクラブに勝つためだけに必死にトレーニングしたのは今でも鮮明に覚えている。自分だけではなく周りの選手も同じ考えだったし、レベルも高かったのですごく毎日が楽しくて仕方なかった。中3の頃北海道で行われた全国大会にも出場することができ、自分自身も試合に出場できたのでこのチームに入って良かったと心から思えた。

青年期

高校は何校か選択肢のある中で関西大学北陽高校を選び進むことになった。
周りのメンバーにはとても恵まれて同期には色々なJクラブ出身の選手達がいて、その選手達とサッカーができて学校生活も含めとても毎日が楽しかった。しかし全国に出るために大阪で勝ち上がるのは最後まで難しかった。高校サッカーは個人的には1年生の選手権から試合に出してもらえたが、チームとしてはインターハイ、選手権は1度も出場することがなく終わってしまった。試合に使ってもらってチームを勝たせられなかった自分にとにかく失望したし技術の低さを痛感した。
そこで大学では必ず全国大会で試合に出て活躍したいと思い、サッカーのためだけに親もとを離れ、石川県の北陸大学を選ばせてもらった。高校サッカーでは今までお世話になった家族を全国大会に連れて行く事ができなかったので、大学では連れて行きたいという思いが人一倍あった。
結果的に全国には4回行く事ができた。その中で1番印象に残っているのが天皇杯での鹿島アントラーズ戦。
その時は後半のスタートから試合に出たがこの試合がサッカー人生で一番楽しくて仕方なかった。負けてしまったがスタジアムの雰囲気、ピッチ外での緊張感含め、この大学に来てよかったなと心から思えた瞬間だった。
しかしいい事だけではなく大学4年の6月に膝の大怪我をしてしまった。人生初めての大怪我で初めての手術。復帰できたのは学生リーグの残り2節。この時はもう卒業したらサッカーをやめて指導者としてこれから生きて行こうと思っていた。

現在

しかし今こうして福山シティFCに入団が決まった。
この決断をするにあたって去年の8月頃に一度、小谷野監督から連絡をもらったのが自分にとって大きかった。色んな人と相談し悩んだが、やっぱり自分は純粋にサッカーが好きだと感じることが多々あった。この決断をして良かったと思えるように、目に見える結果でこのチームに貢献できるようにサッカーを100%で取り組み、福山にJクラブを必ずつくる。