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田口 駿

Shun Taguchi
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【自己評価】パーソナルチャート

プロフィール

ニックネーム シュン、タグシュン
生年月日 1996/5/15
出身地 愛媛県
身長 / 体重 176cm / 63kg
血液型 A型
利き足
プレーの特徴 ビルドアップ、キック
目標とする選手 なし
好きな食べ物 らいおんラーメン
好きなアーティスト I Don`t Like Mondays
好きな色
好きな女性のタイプ 綺麗な人(例外あり)
休日の過ごし方 誰かといる

所属・経歴

今越FC(現FC今治)JY
→山梨学院大学附属高等学校
→山梨学院大学
→ブリオベッカ浦安

サポーターへのコメント

昨年以上の感動を与えます。一緒に戦いましょう。

プレーヤーズストーリー

幼少期

愛媛県西条市(旧東予市) の緑あふれる自然豊かな町で生まれる。父と兄の影響で、物心ついた頃からサッカーをしていた。他にも、ピアノ、スイミング、習字などの習い事もしていた。 小学生になると、スポーツ少年団チームに入団し、本格的にサッカーを始める。学校へ行く時もボールを蹴りながら登校していたのが懐かしい。

少年期

小学生の頃は周りの子たちよりも自分の方が少し上手だと感じた。チームはこの地区では強い方だが、県大会に出ればなかなか勝てなくなってくるようなチームだった。県内には上手いやつはたくさんいるが、この地区では1番上手いと思い込んでいた。6年生の冬くらいに、隣の今治市のクラブチームから来て欲しいとオファーをもらった。監督が自分の家まで来て熱心に話をしてくれたのを今でも鮮明に覚えている。
中学生になると、オファーをもらったチームに所属し、チームメイトは何人かトレセンなどで知っていたため、楽しみで仕方がなかった。あの時の新鮮な感覚は今でも忘れられない。学校が終わると、監督やコーチが家の近くまでバスで迎えに来てくれて通っていたので、今考えてもありがたい話だ。
恐らく、この辺から自分の勘違いが始まっていたと思う。主にフォワード、トップ下のポジションを務め、前でずっと歩いていて、守備もほとんどしない横着な選手だった。ボールが来ると動き出し、点をとったりアシストをして、自由なやつだったと反省している。それでもチームは愛媛県で1番になったり、西日本大会にも出場した。

青年期

高校は山梨学院に進学し、毎日が楽しかった。寮のご飯にも時間があるため、誰かに取っといてもらい帰ったらすぐ食べれるようにセットしてもらっておいて、照明が消えるまで練習をしていた。オフの日もほぼグランドにいった。
しかし、評価されなかった。自分が今までやってこなかった守備の部分が仇となり、結局インターハイや選手権も出場できず、本当に悔しかった。練習に行くのも嫌な時期もあった。当時の自分にはまだ、メンタルをコントロールできる力もなく、矢印がいろんな方を向いていた。それでもサッカーは楽しかったのを覚えている。
大学はそのまま山梨学院大学に上がる。この4年間も負け続けのサッカー人生だった。大事な試合、勝てば昇格、様々な大事な場面で見事に負け続けた。山梨に来て何もしていない自分に苛立ちや焦りが大きくなるばかりで、サッカーを辞めようかと悩んだ時期も正直あった。
そんな中でも1つだけ良いことがあった。それは、2年の時に新しく来たコーチに出会えたことだ。1年で辞めてしまったが、あの1年間はとても充実して中身の濃い日々だった。1人の漢としての人間性、サッカー選手としてのピッチに立つ意味、そしてサッカー感が変わった。1年しか一緒に闘えなかったのが悔しかったが、僕にとって大きな財産だ。
大学を卒業すると、関東リーグ1部のブリオベッカ浦安に加入した。シーズン前に怪我をして、前期はほぼサッカーをしていない。やっと復帰して練習に加わるも、ほとんどメンバー外。ベンチに入っても出場はない。勝っていても負けていてもだ。戦力になっていないとさすがに感じた。とても苦しいシーズンだった。しかし、チームメイトには本当に恵まれていた。あんな熱い人たちと1年目で出会えた事、一緒にサッカーやれた事は本当に大きいと感じる。沢山悩んだが、契約更新はしなかった。なぜなら、もっと魅力的なチームに出会えたからだ。そして、県リーグの福山シティFCに移籍することを決めた。

現在

福山に来て感じている事。とても中身の濃い時間を過ごしている。縁もゆかりもないこの福山にサッカーを通して、福山を盛り上げるために自分たちは集まった。岡本代表をはじめ、スタッフ陣の本気で福山を良くするという熱い気持ちも伝わってくる。本当に良いチームだし、県リーグながらも各地に駆けつけてくれる大勢のファン、サポーターの皆様、そしてクラウドファンディングに協力してくれた皆様には本当に感謝しかない。自分たちは目に見える結果を出す事が1番の恩返しだ。
負け続けのサッカー人生だったが、これまでサッカーを続けられているのは、純粋にサッカーが好きだから。これからもサッカーを楽しみ、そして自分と勝負し続けたい。
これからの福山について、週末にJリーグがあると観光客も増え、町全体が賑わう。福山にそんなチームがないからこそ、自分たちが市民の皆さんの活力になりたい。そのためにも今は、目に見える結果を出し続けなければならない。だから、僕は福山を背負って全力で闘う。