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有田 朱里

Shuri Arita
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【自己評価】パーソナルチャート

プロフィール

ニックネーム しゅり
生年月日 1999/5/29
出身地 埼玉県
身長 / 体重 162cm / 68kg
血液型 O型
利き足
プレーの特徴 スピード、裏への抜け出し、ライン間でのプレー
目標とする選手 小柏剛、アグエロ
好きな食べ物 餃子
好きなアーティスト GReeeeN
好きな色 青、黒
好きな女性のタイプ 可愛い人、ショート
休日の過ごし方 ゲーム、漫画、アニメ

所属・経歴

1FC川越水上公園
→船橋市立船橋高等学校
→新潟医療福祉大学

サポーターへのコメント

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プレーヤーズストーリー

幼少期

埼玉県川越市で生まれる。 人見知りが激しく、初対面の人や大人に対して警戒心が強い子どもだった。 3つ上の兄がサッカーをしていて、試合を見に行く事が多く、いつも兄の隣でボールを蹴っていた。 4歳から幼稚園のサッカーチームに入り、本格的にサッカーを始めた。 当時から身体は筋肉質で、プレースタイルはイノシシのような突進ドリブル。笑 キック力もあり、よくキックオフシュートを決めていた。

少年期

小学校1年生の冬、1FC川越水上公園に入団した。 自分のサッカースキルが大きく成長し、サッカーのほとんどを学んだともいえるチームだ。 しかし入団当初は、人見知りで大人が苦手だったことからチームに馴染めず、体験練習の日は、泣きながらドリブル練習に励んだのを今でも覚えている。 そして、1FCに所属する選手はみんなサッカーが上手くて、特に荻原拓也(現京都サンガ所属)は飛び抜けて上手く、彼が上手すぎるからという理由でこのチームを辞めたいと親に言うほどだった。笑 そんな拓也とは仲間であり良きライバルで、今でも仲良しだ。 1FCは当時、出来たばかりのチームだった。しかし、自分たちの代は上手い人が集まっていたし、団結力があった。Jリーグの下部組織のチームに勝つこともあり、大会では数多くの結果を残していた。コーチや仲間と一緒に這い上がっていくのがとても楽しかった事を覚えている。1FCというチームに巡り会えたことは、自分の人生で最も良い出会いだったと思う。

青年期

幼い頃から選手権という舞台に憧れていたものの、Jリーグのユースチームから練習に呼ばれ、心が揺らいでいた。しかし、練習参加に行ったチームのほとんどから告げられた結果は不合格。憧れだった選手権出場を再度目標として、高校の部活でサッカーをすることに決めた。高校は船橋市立船橋高校という超名門校。自分の上の学年はプロになった選手が多く、レベルが非常に高かった。チームからは期待をしてもらっていて、1年生からAチームで試合に絡むこともあった。しかし、僕は今まで戦術について理解しながらサッカーをやってこなかった。そのため、相手チームのプレースタイルを加味して、考えながらプレーするこのチームでは頭が混乱していた。監督や先輩に怒られてばかりだった。その経験から、今では自然と相手を見られるようになり、考えながらサッカーができるようになったと思う。そして何よりそれが楽しいと感じている。それでも高校時代を思い返せば、もっと本気でサッカーと向き合い、努力をして結果を出していればと思う。周りの選手が大勢プロになっていくのが悔しかった。その悔しい思いを忘れることなく、新潟医療福祉大学に進学することを決めた。 大学では怪我をしたりチームのサッカーが上手くいかなかったりした。それでもチームの同期や先輩、後輩に恵まれて、最高の仲間と出会えた。最後のインカレではJ1内定者7人が所属する、当時関東1位の流通経済大学に負けた。惜しい試合ではあったが、結果以上に力の差を強く感じた。しかし、泣いたり落ち込んだりすることよりも、さらに高いレベルで自分もサッカーをしたいと強く思った。

現在

そして、自分がよりレベルアップ出来ると思ったのが、福山シティFCというチームであり、小谷野監督の下でサッカーをすることだった。小谷野監督には大学時代に北信越リーグの対戦相手として自分のことを知っていただく機会があった。今年の夏前から福山シティFCに加入しないかと声をかけて頂いていた。自分の進路をずっと気にかけていただき、プロへ進めなかった自分を福山シティFCへと引き入れてくれた。この出会いに感謝し、今まで自分がやり切れなかった思いを全て出し切って福山シティFCのために頑張りたいと思う。