プロフィール
ニックネーム | つかちゃん、つか |
---|---|
生年月日 | 1999/6/9 |
出身地 | 山梨県 |
身長 / 体重 | 161cm / 60kg |
血液型 | A型 |
利き足 | 左 |
プレーの特徴 | 左足のキックの精度、カットインからのシュートやスルーパスが得意です。 |
目標とする選手 | リオネル・メッシ |
好きな食べ物 | 寿司 |
好きなアーティスト | 優里 |
好きな色 | 黒、白 |
好きな女性のタイプ | 可愛らしくて面白い方 |
休日の過ごし方 | 買い物、キャンプ、ゲーム |
所属・経歴
Uスポーツクラブ
→横浜F・マリノスユース
→新潟医療福祉大学
サポーターへのコメント
チームのために全力でプレーします!応援よろしくお願いします!
プレーヤーズストーリー
幼少期
山梨県甲府市の田舎に生まれた。 幼稚園の頃(3歳)から兄のサッカーの影響でボールを蹴り始めた。 その頃はグラウンドに行っても、隅で泥団子を作ってよく遊んでいたそうだ。 4歳になると同じ学年のチームメイトが増え、サッカー人生が本格的に始まった。
少年期
小学校では、上の学年に飛び級をしてプレーをすることが多かった。上の学年の選手は体が大きく、自分とはレベルの違う環境だった。コーチに怒鳴られ怯えながらプレーしていたのを覚えている。しかし、その経験があったからこそ今があると思う。実績としては、小学校6年生の時に7番をつけさせていただいていて、全国大会ベスト8。フットサルも並行してやっており、バーモントカップという全国大会ではベストイレブンに選出されたこともあった。 それから中学校も同じチームで3年間プレーさせていただき、常にプロを意識していた。数々の試合の中でも中学校2年生の時に、3年生が主体の県大会準決勝に出場した試合を今でも鮮明に覚えている。後半残り数分で逆転ゴールを決め勝利し、みんなで喜びを分かち合った。
青年期
高校は親元を離れ、横浜F・マリノスユースに入団した。 そこでは、内部上がりのジュニアユース出身者がほとんどだった。全員スキルが高く、入った当初は止める蹴るの基礎から必死に練習した。高校2年生の時にプレミアリーグに初メンバー入りで初スタメン、初ゴールを決めたのを覚えている。その試合をトップチームのスカウトの方が見てくれていて、トップチームの2種登録をしていただいた。それでも満足せず必死に練習に励んだ。高校3年生では試合に常に絡むものの、トップチーム昇格とはならなかった。 そこで大学進学を選択し、新潟医療福祉大学に歩みを進めた。 大学では、卒業後絶対プロになって、今まで関わってきた人達に恩返しをするんだという気持ちで入学した。しかし、高校時代に比べてフィジカルの差を痛感することが多かった。ボールの奪い合いの局面では、フィジカルが強い人に負けてしまっていた。そこで肉体改造に励んだ。すると少しずつではあったが、成果を身に染みてわかるくらいまで成長できた。大学のチームでは自主練習の時間が設けられており、そこでは毎日欠かさず左足のキックとフリーキックの練習をした。そして大学2年生で出場したインカレでフリーキックを決めた。日々の練習の成果がインカレという大舞台で発揮できたことが特に印象に残っている。その時の喜びは今でも忘れない。しかし、全てが上手くいくということもなく、大学卒業後のプロという夢は叶わなかった。
現在
紆余曲折を経て福山シティFCに加入する事を決めた。 この決断をするにあたって決め手となったのは、福山シティFCは本気でJリーグ参入を目指しているということと、自分のプレーを理解し、最大限に出してくれると感じたこと。多くの方に相談したところ全員が賛成してくれた。それ程素晴らしいチームからお話をいただいた事を嬉しく思う。 これからこのチームに大きく貢献し、福山シティFCの歴史を作っていきたい。