
プロフィール
ニックネーム | よこ、りょう |
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生年月日 | 2002/4/4 |
出身地 | 広島県 |
身長 / 体重 | 180cm / 75kg |
血液型 | A型 |
利き足 | 左 |
プレーの特徴 | 左足のロングフィード、体を張った守備 |
目標とする選手 | ダビド・ルイス |
好きな食べ物 | 寿司 |
好きなアーティスト | BIGBANG |
好きな色 | 紫 |
好きな女性のタイプ | 一緒にいて楽しい人 |
休日の過ごし方 | とにかく寝る |
所属・経歴
江波サッカークラブ
→サンフレッチェ広島ジュニアユース
→米子北高校
→京都橘大学
プレーヤーズストーリー
幼少期
2002年4月4日に生まれた。幼い頃はよく友達と喧嘩をしていた。仮面ライダーが好きで変身ベルトをたくさん買ってもらってそれをつけて自転車に乗って仮面ライダーになりきっていた。スポーツも好きだったが、この頃はサッカーより野球の方が好きだった。
少年期
小学生に入り、地元のスポーツ少年団でサッカーを始めた。当時サンフレッチェ広島に在籍していた李忠成選手に憧れてFWをやっていた。小学生の中では身長が高かったため、フィジカル勝負をすれば負ける相手はいなかった。スポーツ少年団と同時にサンフレッチェのスクールにも通い始め、広島県内の上手い選手と一緒にプレーできたことで自分自身も成長できたと思う。
中学に入り、サンフレッチェのジュニアユースに入ることができた。一人一人のレベルが高く、練習も想像以上にきつすぎて、初めは練習に行くのが怖かった。特に素走りが大の苦手なため、走りが多い時期は毎日練習場に上がる坂の前で泣きそうになっていた。そして、中2の時にFWからDFにコンバートされた。練習の中でシュートを避けると監督が許すまで一生シュートブロックをさせられたのを今でも覚えている。でも、その環境でやれたからこそ、全国大会や海外遠征など貴重な経験ができたし、メンタル的にも大きく成長できたと思う。
青年期
高校では、ユースに上がれなかった悔しさでサンフレッチェのユースを倒したい、という思いから同じプレミアリーグに所属していた米子北高校に入学した。しかし、ここで待ち受けていたのは、高校サッカーあるあるでもある理不尽の連続だった。友達がやらかしたのに何故か自分が反省文を書いたり、遠征の夜中に目が覚めてトイレに行ったことに対して怒られたりと今思い出せば笑い話だが、当時は本気で意味のわからないことばかりだった。サッカーの面では、目標としていたプレミアリーグに1年生から出させてもらった。しかし、自分が出てからは一勝もすることができず、サンフレッチェにも大敗して降格という不甲斐ない結果となってしまった。しかし、インターハイ・選手権には1年生の時から毎年出させてもらい、貴重な経験ができた。そんな中で3年生になったタイミングで、コロナウイルスが大流行した。インターハイがなくなり、大学の練習参加にも行けない、思うように練習もできない日々が続き、先が見えない毎日を送っていた。その時に、京都橘大学から声をかけて頂き、入学することを決めた。
大学では、当時関西ニ部だった京都橘大学を一部に昇格させるという目標を達成するために毎日の練習に取り組んだ。自分が3年生の時に、ニ部で2位になり念願の一部昇格を果たすことができた。4年では初の一部で周りのレベルも格段に上がり厳しい戦いが続いたが、なんとか残留し次の代に繋げることができた。自分の同期は一年の時から多く試合に出ていたが、その全員が同じ思いで戦えたことがこの残留に繋がったと思う。
現在
中々チームが見つからない中で、福山シティFCから声をかけて頂き、加入することができた。地元である広島県でサッカーができることに対しての感謝の気持ちと、このチームと共にこの街をもっと盛り上げ、もっと上を目指したい、という思いをピッチ上で表現し、全力でプレーしていきたい。そして、応援してくださる方々と共に喜びを分かち合えるように頑張りたい。チームの勝利、そしてJFL昇格に向けて貢献できるように全力で闘います。応援よろしくお願い致します。