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GKコーチ / 堤 喬也

GKコーチ

堤 喬也

Takaya Tsutsumi

プロフィール

生年月日 1982/06/22
出身地 佐賀県
血液型 O型
好きな食べ物 焼肉
好きなアーティスト ゆず
好きな色 ネイビー
休日の過ごし方 ゆっくりする

所属・経歴

国見高校
→IPU環太平洋大学
→岡山湯郷Belle
→AC長野パルセイロ・レディース
→ウズベキスタン女子代表
→アビスパ福岡U-18

プレーヤーズストーリー

幼少期

三人きょうだいの末っ子として、姉と兄にたっぷり甘やかされながら育った。幼稚園の頃は体が大きく、誰よりも活発に園庭を駆け回っていた。家に帰ると、三つ上の兄のあとをついて回り、兄がすることは何でも真似した。気が付いたら兄の影響で空手を始めていた。

少年期

小学校に入ってからも体は大きく、運動の時間や休み時間ではよく走り回っていた。小学5年生の頃にJリーグが開幕し、学校でもサッカーがとても人気になったこともあって、休み時間はいつも友達とボールを蹴っていた。
そんな中、サッカークラブに入っている友達から「体も大きいし、GK向いてると思うよ」と声をかけられ、小学4年生の秋にクラブへ入ることにした。クラブではGKとして練習していたが、試合によっては相手に攻められることがなく、ほとんどボールに触れないこともあった。そんな時は「フィールドで出てみたい」と監督に伝え、フィールドプレーヤーとして試合に出ることもあった。その頃からサッカー一色の生活になっていった。

青年期

中学校に進むと、親の反対を押し切って鳥栖フューチャーズ(現サガン鳥栖)の下部組織に入団した。当時としては珍しく専任のGKコーチが在籍しており、専門的な指導を受けられたことは大きな財産になった。この出会いが、今の自分の基礎をつくる重要なきっかけになっている。
中学2年生の時には、クラブが突然解散し、サガン鳥栖として再スタートするという出来事も経験した。環境の変化に戸惑いながらも、サッカーを続けたいという気持ちは変わらなかった。
高校2年生になるとアビスパ福岡のユースチームへ移籍した。ユース時代にはトップチームの練習に参加させてもらう機会も多く、プロ選手のレベルを間近で感じる貴重な経験になった。高校卒業時にプロにはなれなかったが、第一経済大学(現・日本経済大学)に進学し、サッカーを続ける道を選んだ。
大学卒業後は、V・ファーレン長崎の創設メンバーとして九州リーグでプレーした。当時はアマチュアだったため、国見高校サッカー部のGKコーチとして働きながらの活動だった。その後、ファジアーノ岡山へ移籍し、地域リーグからJFL、そしてJFLからJリーグへの昇格を経験したことは、自分にとって大きな節目となった。
ファジアーノ岡山でプレーしていた時期には、選手としての活動と並行してIPU環太平洋大学でGKコーチを務め、大学年代の育成にも携わっていた。また、岡山湯郷Belleでも選手時代からGKの指導を行っており、そのまま現場に入る形で正式にGKコーチとしてチームに加わった。
その後、AC長野パルセイロではレディースチームと男子アカデミーのGKコーチを担当し、幅広いカテゴリーで指導経験を積んだ。さらに、ウズベキスタン女子代表のGKコーチとして海外での指導にも挑戦し、国際的な視点を得ることができた。
帰国後はアビスパ福岡でU-18のGKコーチとトップチームのアシスタントGKコーチを務め、育成年代からプロの現場まで幅広く関わるようになった。選手としての経験と、国内外で積み重ねてきた指導の実践が、現在の自分を形づくる大きな土台になっている。

現在

アビスパ福岡で育成年代とトップチームの指導を続けていく中で、次第に「トップチームの現場で勝負したい」という思いが強くなっていった。自分の経験をより高いレベルで生かせる場所を探していた頃、福山シティFCから声をかけてもらった。
クラブの思いや活動を知る中で、その姿勢に強く惹かれ、「このクラブで戦いたい」「JFL、そしてJリーグへ昇格する力になりたい」と素直に思えたことが、入団を決める大きな理由になった。
これからは、ファン・サポーター・パートナーの皆さまとともに喜びを分かち合えるよう、日々の積み重ねを大切にしていきます。応援よろしくお願いします。